非「科学的」な評価

●「赤旗」取ったら「優秀な子」?

娘は中学校2年生のときに、親友と別のクラスに分かれたことをきっかけに不登校となり、そのまま30歳を過ぎるまで”引きこもり”気味となった。「父子」家庭だった。

社会的ひきこもりについて勉強したり、娘を見守り続けてきて、なにかきっかけがあれば娘は外へでて自分の道を歩み始めると信じ続けてきた。私の娘だから、他人との関係を作ることが苦手であるのは当然だろう。

「N市生活と健康を守る会」のS会長は、娘について「母親が統合失調症だったのだから、娘も当然に精神障害者だろう」と断言した。加えて、役所に対して娘について精神障害者としての手続きをしていないことに対し、私を「非科学的だ」と批判した。

可能性を考えなかったわけではない。これも一つのきっかけだったかもしれない。S会長も「事務局長なのにそんなことでは」と、ことあるごとに言い始めた。そういう言われ方を結局はするのではーそんな予感はあった。「N市生活と健康を守る会」に入会してすぐ、事務局長に私を指名したのはS会長。ここではS会長が、すべてを決める。

娘をT病院精神神経科に連れて行った。T病院は民医連加盟の病院で、共産党N市委員会の副委員長、T地区委員会の委員でもあるS会長のお気に入り。しかし、当の医師までもお気に入りとは限らない。精神科の医師は、娘と十分な時間を取った面接を行い,「精神障害はありません。人間関係を作る訓練をすれば大丈夫」と判断した。

S会長は、その医師の判断が気に食わなかった。今度は医師の判断を「非科学的だ」と批判し始めた。障害者であると医師が判断して、行政の認定が受けられれば手当てが受けられるのに、と。だからS会長は、片っ端からーと言ってよいほど多くの人に障害者の認定を受けさせてきた。S会長がやってきた「運動」とは、そういうことだった。「みんな障害者なんだ」とうそぶきつつ。

娘は医師の紹介で人間関係作りの訓練に出かけるようになった。訓練先の民間施設で友人ができた。友人の母親が「N市生活と健康を守る会」の会員で、一身上の問題についてS会長に相談した。相談を受けるのはほぼS会長だけ。事務局長だって、「茶坊主」でしかなかった。そしてS会長は『赤旗』拡大に繋げることがほんらいの目的。

娘は友人との付き合いについて、友人の母親に相談した。母親はS会長に相談し、そして娘にはS会長に相談することをすすめた。S会長は、母親や私の娘の相談を首尾よく娘への『赤旗』拡大に結びつけた。このときから、S会長による私の娘への評価は180度も回転して「あの子は、あんたより優秀だ」と。精神科医の「障害はない」との判断に、「あの医師は科学的でない。母親が統合失調症で、本人がひきこもりで、精神障害でないわけがない」と私に言い放ったS会長・・・