共産党-総選挙「惨敗」-指導者の責任

グラムシ著・石堂清倫ら篇『現代の君主』から

 

日本共産党の第27回大会が開かれた2017年1月当時は、私はまだ党員だった。その3ヵ月後に、党費未納分を支払って離党した。

日本共産党27回大会は「大会決議 第4章 国政選挙と地方選挙ー野党と市民共闘の前進、日本共産党の躍進を」のなかで、「来たるべき総選挙の目標」として「①『改憲勢力3分の2体制』を打破、自公と補完勢力を少数に」、「②日本共産党ー”第3の躍進”を大きく発展させる」ということを上げている。そして①に関して「本格的な相互推薦・相互支援の共闘を実現する。…相互推薦・相互支援にならなければ、選挙協力にならない」とし、「ここでの選挙協力に踏み込むならば、政権構想でも野党の一致した考えを国民に示す責任が生まれてくる」としている。②については「2013年参院選に始まり、14年総選挙、15年統一地方選、16年参院選と続いている日本共産党の”第3の躍進”を大きく発展させること」、つまり「全国11のすべての比例ブロックで議席増を実現し、比例代表で第3党をめざす」こと、「小選挙区での必勝区を攻勢的に設定し、議席の大幅増に挑戦する」という目標を掲げた。

10月24日の『しんぶん赤旗』1面の見出しは「共産党は12議席ー共産・立憲・社民3党全体で大きく前進」、2面で「『市民と野党の共闘』候補者が勝利」「”共闘効果”発揮、一本化実現に共産党努力」、3面には「本気の共闘 自民追いつめる」というものだった。

10月23日に開かれた日本共産党中央委員会常任幹部会は「総選挙の結果について」という文書を発表した。そこでは①比例代表では20議席=606万票=11.37%から11議席=440万票=7.91%へと後退したが、その原因は「私たちの力不足にある」こと、②この総選挙での党の大方針は、「市民と野党の共闘」の成功であり、全国67の小選挙区で予定候補を降ろす決断をしたことが、共闘勢力が全体として議席を伸ばすうえでの貢献となったこと、③自公が議席の3分の2を占めたのは、希望の党という自民党の新しい補完勢力が、野党共闘に分断・逆流を持ち込んだ結果であること、④総選挙の教訓を踏まえての決意として、党の自力を強める、つまり党員拡大を根幹にしつつ「赤旗」読者を拡大すること-と主張している。

まず第一に、今回の総選挙は「惨敗」であった事実を認めることがなければ総括は始まらないだろう。27回党大会の「来たるべき総選挙の目標」は何一つ達成することができなかった。選挙協力は、相互推薦にも相互支援にも至らなかった。それどころか”第3の躍進”はストップさせられた。なによりも比例代表での「惨敗」ぶりは事実を隠蔽しきることを不可能としている。

第二に、主体をあいまいにして、事実認識をすり替えるのであってはならないということだろう。「来たるべき総選挙の目標」の主体は、他ならぬ日本共産党ではないのか。「惨敗」したのは日本共産党ではないのか。「大きく発展させる」べき”第3の躍進”とは日本共産党のそれではないとでも言うのか。「共産・立憲・社民3党全体で大きく前進」などというすり替えをやってはいけない。立憲民主党は大躍進、社民党は現状維持、共産党は「惨敗」だったのだ。

第三に、「希望の党という自民党の新しい補完勢力」というものは、突如として地から湧いて出たものではなく、27回党大会の当時には共産党自身が共闘の対象として認知していた民進党の一部分だったことを思い出し、自身の不分明を恥じて総括すべきだろう。27回党大会での「志位委員長の結語」のなかでわざわざ、「全国からの感想でも、3野党・1会派の代表によるあいさつは、『涙がにじんで感激いっぱい』など、強い感動を持って受け止められています」と紹介されている。共産党が涙を流さんばかりに感激した対象のなかに、ずっと以前から「補完勢力」というものは存在していた。マルクス主義はプロレタリア階級の革命党が、当該社会の階級的力関係や当面の情勢を分析するための必須の理論的武器なのだが、日本共産党が「補完勢力」を含む勢力との連帯に涙を流さんばかりに喜ぶなどという醜態をさらすまでに腐り果てたのは、このマルクス主義を捨て、それに敵対する立場に立っているからと言わなければならない。

第四に、共産党は選挙に負けたから「自力=党員・赤旗」拡大に全力で等を言うのではなく、拡大したもののかなりの部分が離党や「未結集党員」化、「赤旗」購読中止により減少していくこともあって、要するに年中・24時間のノルマになっているというのが実態だ。『しんぶん赤旗』(2016年9月13日)には「規約どおりの入党の働きかけを」という記事がある。そこでは入党しても直後から支部会議にも参加しないし党費も納めない、入党させたがそれが「いちじるしく反社会的」な人だったので入党を取消した、街頭宣伝や生活相談で会った人を入党させたりしているが、「どういう人かわからない人には入党を働きかけないこと」など、かなりおそまつな実情が述べられている。こういう実態の下で、支部長や地区の下級官僚は「党員・赤旗拡大」のノルマをどのようにやり繰りしているか。「プラスかマイナスか、それが問題ー執念で日刊紙拡大」と題して、T地区委員会の内部的なニュース(2017年1月1日)に「大晦日の朝7時半、K市議にK支部のT支部長から電話、『「大運動』で日刊紙がマイナスなんです。きょうのお昼まで拡大を受け付けるそうですから、何とかしたいんです』」という記事があった。日本共産党は、現在のような運動づくり・組織づくりを続ける限り、既にはっきりとした行き詰まりを示し、腐臭さえ放っている。

私が日本共産党員として関わったのは支部段階までであって、T地区委員会また特定の地区委員S(N市生活と健康を守る会会長)による支部への「指導」の具体的な在りかたは、日本共産党N支部支部長(またN市生活と健康を守る会事務局長。双方とも私は「茶坊主」でしかなかったが)という立場での体験しか持ち合わせてはいない。とは言え、その立場から、共産党の「指導部」について疑問を呈することも可能なはずだ。その意味で、私がこの問題について示唆を受けたアントニオ・グラムシ『現代の君主』から次の一文を引用しておきたい。

──同一集団内にも統治者と被統治者との分裂が存在して…この領域において、もっとも重大な「誤謬」が生じるのである。…同一集団の原則がたてられたならば、服従は自動的なものとなるべき…と信じられている。…指導者たちの…あることがなされるのを指導者が正しく、合理的であると判断する限り、…それがなされないとしたら、「罪」は「なすべきであった」者に負わされるのだ、等々という確信である。…集団的(政治的)災禍は、大部分、無益な犠牲を避けようと努めなかったためにおこるか、あるいは、他人の犠牲を考慮せず、他人の命をもてあそんだためにおこるものだ、ということを常識はしめしている。だれでも戦線の将校から聞いたことであるが、…たとえば、不可抗力によって糧食がとどかないのだということを知っていれば、中隊は数日間絶食することができようが、軽視と官僚主義、等々のためにただ一度でも食事がぬかされようものなら、この中隊は反乱しただろう。…したがって、つねに、一つ一つの失敗の後で、なによりもまず指導者の責任を追及することが必要であり、しかもこれは厳密な意味においてである。──